棋士の対局を記録する仕事──記録係

 

将棋好きの方ならその存在を知っていることでしょう。

 

その記録係がどんな仕事をしているか知っていますか?

 

棋譜を書いて時間を計る、おそらくそのくらいしか知らない方がほとんどだと思います。

 

実際に「記録係はどういう仕事をするの?」、「記録係は一般人でもできる?」

などの質問をよく見かけます。

 

ですので今回は現役奨励会員の私がそういったご質問にお答えしていこうと思います!

まず後者の質問から見ていきましょう。

 

記録係は誰でもできるのか?

 

結論から言いますと、可能です。

 

盤面の符号(▲7六歩など)を理解していて、

礼儀のある方でしたら記録係を務めることはできるでしょう。

記録の仕事自体に特別な資格、知識は必要ありません。

 

過去にも記録係不足ゆえに、

大学将棋部の学生や元研修会員が務めたこともありました。

 

ただ本来、「記録係は奨励会員が務めるもの」となっているので、

実際に立候補してできるかというのは別問題です。

 

対局が始まるまでの流れ

 

さて、ここからは記録がどのような作業をしているかを見ていきます。

まず流れはこんな感じですね。

 

9:00 将棋会館集合

(9:00~9:15 新入り記録係のみお茶運びの仕事あり)

9:05 対局場所を確認し、記録に必要な道具(下に記載)を用意する

9:10 対局場所に座布団、机、脇息などをセッティング

9:15 棋譜用紙に必要事項(棋戦名、日付、対局者名など)を記入

9:20 盤と駒を出し、丁寧に拭く

9:30 対局者の持ち物検査開始

9:45~9:59 振り駒

10:00 対局開始

 

持ち物検査は職員の方が行います。

これを通過すると対局者が対局場に入られるので

お茶をお出しして駒が並び終わるのを待つ形になります。

 

振り駒をして定刻になったら、開始の旨を対局者に伝えて対局スタートです。

記録係に必要な道具

 

普段記録係はどんなものを使っているのでしょう。

こちらに一覧を用意しました。

 

  • ボールペン
  • 棋譜用紙
  • 残り時間早見表
  • ストップウォッチ
  • タブレット端末とモバイルバッテリー(使用しない場合もある)
  • 対局者用のごみばこ
  • 駒拭き布
  • お盆(対局者にお茶を運ぶため)

 

このくらいですね。ボールペン以外はすべて将棋会館に用意されています。

そのほか各自、腕時計(音の鳴らないもの)、ティッシュ、飲み物、目薬なども持ち込み可です。

 

補足ですが、盤と駒は厳重に保管されているので

カギが開けられるまでは持ち出すことができません。

先にこうした小物から準備していきます。

 

 

棋譜の書き方

 

対局中は棋譜用紙に指し手を書いていきますが、注意する点があります。

それは符号に漢数字を使わないことです。

知らない方も多いと思いますが、正式な符号は

 

〇 76歩

 

となっていて、

 

× 7六歩

 

と記入すると書き直しになってしまいます。

新入奨励会員がよくやりがちなミスですね。

 

そのほかこの手で持ち時間を何分消費したか、書く欄があるのですが、

ここも間違えれば書き直しです。

しかも棋戦によって書き方が違うので

(竜王戦→ストップウォッチ記録 棋聖戦一次予選→チェスクロック記録)

新入奨励会員の方は注意しましょう。

 

この棋譜用紙を2枚(タブレット記録は1枚)書いていきます。

対局が終了したらコピーをして対局者に1枚ずつ渡します。

感想戦まで終了したら、

職員の方に棋譜をチェックしてもらい、OKなら業務終了となります。

 

 

休憩時間の過ごし方

 

公式戦の対局には休憩が設けられていることが多いです。

基準は以下の通りです。

 

持ち時間1時間未満→休憩なし

持ち時間2時間以上4時間以下→昼食休憩のみ

持ち時間5時間以上6時間以下→昼食休憩と夕食休憩

 

昼食休憩は12:00~12:40

夕食休憩は18:00~18:40

 

どちらも40分間ですね。

では、その40分間をどのように過ごしているかですが、

ほとんどの奨励会員は外へ食事をしに行きます。

私もそのうちの一人です。

 

オススメのお店など色々あるのですが、掲載許可を頂かないといけませんので、

許可が取れ次第、別の記事で詳しく書きますね。

 

 

ちなみに休憩中の棋士、女流棋士は携帯が触れないので

盤の前でずっと考えているか、誰かと会話をしていることが多いです。

 

 

対局再開前にやること

 

食事を終えたら、再開前にやるべき作業がいくつかあります。

 

  • ・ゴミ捨て
  • ・お茶の入れ直し

 

対局室には対局者用のゴミ箱があるので、中身を捨てに行きます。

そして対局者に出したお茶を交換します。

 

これを怠るとゴミが満杯で捨てられなかったり、

温かいお茶が飲めなかったりと対局者に迷惑をかけてしまいます。

記録係をやる際は絶対に忘れないようにしてください。

 

 

棋士の十人十色な注文

 

棋士は対局中、記録係に様々な注文を出すことができます。

 

「書いてる棋譜を見せて」や「おかわりのお茶を入れてきて」、

「お盆とコップを持ってきて」、「ゴミ箱の中身を捨ててきて」等々。

 

これらは至って普通の注文なのですが、昔はもっと個性的な注文もありましたね。

別に反則ではないのですが、今は推奨されていない注文もあるので

ここで書くのはやめておきます(笑)

 

注文の中でも一番回数が多いのは

 

「何分?」「この手は?」「今どのくらい?」です。

意味わかりますか?(笑)

 

記録係マニュアルにも載っていないので初めて聞くと戸惑ってしまいます。

 

私も昔、永瀬先生にこれを訊かれたときにうまく答えられず、

ご迷惑をおかけしてしまったことがありました。

 

この注文の正しい意は「私は今、何分考えていますか?」です。

なのでストップウォッチを見て時間を答えれば問題ありません。

この注文、多い棋士だと対局中に50回以上訊いてきますよ(^^;

 

棋士の注文でひとつ思い出しました。

昔、加藤一二三先生の記録を取った時、「残りは?(残り時間は何分?」と訊かれ、

「残り18分です」とお答えしたところ、20秒後にまた「残りは?」と訊かれ、

結果的に3回も「残り18分です」と言うことがありました(^_^;)

 

棋士は時間も人の声も忘れるくらい

盤面に集中しているのでよくあることなのですが、

記録係視点からだと少し笑ってしまいそうでした・・・(笑)

加藤先生、申し訳ありません<m(__)m>

 

読み上げの仕事

 

NHKの将棋番組などテレビ棋戦では読み上げの方がいますが、

普通はすべて記録係が行います。

といっても、読み上げるのは持ち時間だけですけどね。

 

例 A級順位戦

順位戦なら持ち時間が6時間なので、

「1時間使われました」「2時間使われました」「残り3時間です」

 

と持ち時間が半分になったところで「残り」に言い換え、

 

「残り2時間と30分です」「残り2時間です」「残り1時間と30分です」

 

と「残り」になってからは30分ずつ読み上げます。

 

「残り1時間です」「残り50分です」「残り40分です」

 

今度、残りが1時間になると残り時間早見表が机に出されます。

 

残り時間早見表

 

(画像は自作のため本物と少し異なる)

これに1分経過する毎にボールペンで×印をつけて、

51分を消すタイミング(つまり10分経過)で持ち時間を知らせます。

 

秒読み

 

残り10分から秒読みが始まります。棋士に何分から、何十秒から秒を読むかを訊き、

それに応じて終局まで読んでいきます。

一般的なのは「5分から読んでください」や「今から50秒と55秒を読んでください」

ですね。棋士の回答を聞いたら必ずメモしておきましょう。

 

秒読みは「30秒」「40秒」「50秒」「55秒」。

そして残り1分になったら

「30秒」「40秒」「50秒」「1、2、3……」と読みます。

 

NHK杯など、テレビ棋戦は秒読みが30秒なので

「10秒」「20秒」「1、2、3……」と読んでいます。

 

 

対局が終わった後の楽しみ

 

対局が終わると、感想戦が始まります。

対局中すごく険しい表情をしていた二人も感想戦になれば穏やかになり、

たまに負けた方がジョークを飛ばすなんてことも。

 

通常は1時間ほどかけてじっくり序盤から検討されていきます。

これが楽しいんですよね。記録中に考えていたことをその検討で答え合わせする。

当たると嬉しいし、外れてもその分勉強になりますしね。

 

棋士の感想戦を見ることで強くなると思います。

女流の加藤桃子さんは奨励会時代、記録を取ったときに

感想戦で検討された手順を逐一メモしていました。

そんな努力家だからこそ、今の地位に立っているのでしょう。

 

感想戦が終わったら道具をすべて片付けて帰宅する流れなのですが、

熱心な方は帰らずに棋譜を並べ返して再検討したり、

他の道場へ行って指すこともあります。

 

私はインドアなので帰宅してからネット将棋を指す派ですね(笑)

 

 

 

コラム

ここからは少し記録の裏話をしていこうかと思います。

正座はどのくらいするの? トイレは大丈夫?

 

記録係は基本的に正座。

よく「記録中はずっと正座なの?」や「トイレは大丈夫?」、「正座痛くない?」

と訊かれますがズバリお答えします。

 

・正座は途中で崩しても大丈夫です!

・手番の棋士が席を立っているときはトイレに行ける

・正座してるときは人生終了レベルで痛いです(泣)

 

崩すタイミングは対局開始から4時間以上経過したら。

10時対局開始なので、14時くらいですね。

別に決まっているわけではないのですが、暗黙のルールとなっています。

ちなみに私は15時を過ぎてから崩すようにしています。

 

そして崩すときは必ず対局者の姿勢を見ること。

両対局者が正座なのに記録係だけ崩すと怒られる可能性があります。

どちらかが胡坐になっていることを確認してから崩すようにしてください。

 

トイレは手番の棋士がいないとき(A棋士の手番でA棋士が対局室にいないとき)

に席を立ってトイレに行くことができます。

まあ皆さん記録をやっているうちにトイレは遠くなりますし、

行きたくならないよう水分をあまり摂らないので、

記録中、トイレに行く人はほとんどいませんけどね。

 

正座の痛みについてですが、これはかなりのものです。(泣)

まず開始30分で足がしびれ、開始2時間で膝に激痛が走り、開始4時間を超えると腰にきます。

 

慣れればある程度痛みを抑えることができますけどね。

奨励会員は皆、記録係でお給料をもらっているので

みっともなくない程度に正座をしています。

 

記録を取っていて起こったハプニング集

(今後、書いても大丈夫な内容があれば追加する予定)

 

・脇息破壊事件

 

とある棋戦でとあるレジェンド級棋士が対局していたのですが、

あるとき、その先生が脇息に寄りかかったところ、

 

バキッ!……バキバキバキッ!

 

と音がしまして、脇息が見事に大破した事件が起こりました。(笑)

これには本人含め、周りの棋士奨励会員も驚きのあまり声が出なくなったとか・・・

 

もともと脇息にはひびが入っていて誰が寄りかかっても

壊れるほどだったらしいですけどね(^_^;)

 

こういうハプニングが起きたとき、

いかに平常心を保って仕事に集中できるかというのも記録係には試されます。

 

 

最後に

 

記録係は良いお仕事です。

勉強になりますし、社会経験になりますし、お給料もいただけますし。

今回この記事を読んで、

この記録係という仕事について少しでも知って頂けたら嬉しいです。

 

以上、記録係はどんな仕事? でした!

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